アップルのCEOというと誰を思い浮かべます?
スティーブ・ジョブズ?
ティム・クック?
あるいはジョン・スカリー?
おそらくギル・アメリオという名前を思い浮かべる人は極々少数だと思いますし、古くからのMacユーザーではない限り「そんな人知らない」と思う人の方が多いと思います。
しかし、このマイナーな存在のギル・アメリオがいなければ今日のアップルの隆盛はなかったと間違いなく断言できるのです。
それは何故か?
スティーブ・ジョブズをアップルに連れ戻したからです。
ギル・アメリオは次期MacOSの基礎とするためにNeXT社買収を実行し、それに付随したかたちでスティーブ・ジョブズをアップルに復帰させました。そしてその後、スティーブ・ジョブズによってギル・アメリオはアップルを追われます。
この『アップル 薄氷の500日』はギル・アメリオがアップルCEOに就任していた約500日間を赤裸々に、そして多少自己弁護気味に綴った自伝です。
ギル・アメリオがアップルの取締役に就任した当時、アップルは「いつ潰れるか」「いつ買収されるか」という噂が飛び交っている状態でした。いや噂だけではなく当時のCEOであるマイケル・スピンドラー自身が身売り話を取締役会の議題として提案している状態だったのです。
僕はこの当時すでにMacユーザーでしたが、友達にMacを勧めても「確かに使いやすいのは認めるけどアップルなんてもうすぐ潰れるんでしょ? そんな会社の作るものなんて欲しくない。」と真顔で返されていたものです。
そんなどん底の状態のアップルのCEOを大きな決意を持って引き受ける顛末から始まり、どのように立て直そうとしたのか、アップルの社内政治、犯した失敗、下した決断が生々しく、まるでシェイクスピア劇のようにギル・アメリオによって語られます。
肥大し不安定になったMacOS、低下したハードウェア品質、蓄積した負債の数々をどのように処理するのか、特にこの時期のアップルは次世代OSとして開発されていた「コープランド」が頓挫し、重大な決断を迫られている時期でした。そのまま自社で開発するのか、他社のOSを利用するのか、利用するなら「Windows NT」か「Solaris」か「BeOS」か、あるいは「NeXT」なのか。
そのような次期MacOSを巡る攻防は、結果を知っているいま読んでも非常にスリリングで読み応えがあります。
まさにその現場で決断を下していた人間以外には書けないものでしょう。
この部分だけでも「アップル」に興味を持つ人なら読む価値があると思います。
そしてその後、先に書いたとおりアップルCEOの座を追われるのですが、それに至る道程がこれもまた臨場感たっぷりに描かれています。
この自伝はアップルを追われた時点で、口惜しさとスティーブ・ジョブズへの猜疑心とアップルの未来への不安感とともに、終わっています。
この自伝が終わった後のアップルがどうなったかは僕らはよく知っています。
iMacの爆発的ヒットから始まるMacの復活、iPod、iPhone、iPadと次々と「世界を変える」製品の発表、そしてスティーブ・ジョブズの死とその後のティム・クックによる安定した会社経営。
さて、あのままギル・アメリオがCEOを続けていたらいまのアップルはどうなっていたんでしょう?
彼がこの本の中で再三述べているとおりに経営は上向きになったかもしれません、だけどそれはいま我々が知っているアップルなのでしょうか?
いかにもアメリカ人的なタフでマッチョなビジネスマン然としたギル・アメリオの語り口を通して当時のアップルを知ることによって、アップル復活劇のヒーローになり損ね、スティーブ・ジョブズへバトンを渡すリレイヤーにしかなれなかった彼の悲哀と限界を感じずにはいられないとともに、憐憫のような、同情のような、あるいは凡人同士の連帯感のようなものを(一方的にですが)抱いてしまいます。
ハッキリ言うとこの本はあの『スティーブ・ジョブズ』と一緒に読んだ方が面白いです。というか本当は先に『アップル 薄氷の500日』を読んだ方が良いんじゃないかと思います。
とはいえすでに『スティーブ・ジョブズ』を読んだ人は多いでしょうけど。もしまだ読んでない人はこちらを先に読むことをお奨めしますよ。
さて、あれこれ書きましたが、これ実は1998年に出版された本でとっくに絶版になっています。
その結果というか何というか、Amazonでは中古本が1円で売られています。
出版当時に定価で買った自分が馬鹿らしいとも思う反面、こんなに読み応えがあって、内容も充実している本が1円で買えるんなら、みんなに読んで欲しいと思ってこんな記事を書きました。
アップル社について知りたい人、『スティーブ・ジョブズ』の副読本として何か読みたい人、面白いドキュメンタリーを欲している人にお勧めです。
是非!
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