冷戦構造のあの時代を生きていたからこそ面白いのかもしれない、ザック・スナイダー監督『ウォッチメン』

あらかじめのお断り。
僕はこの映画の原作のコミックを読んでいません。もしかしたらコミックを読むとここに書いてある感想が180°変わる可能性もあります。
あくまで予備知識なしで映画版を観た感想ということでよろしくお願いします。

2009年公開のこの映画、当時の僕は個人的な問題をたくさん抱えていたので観る余裕がなかったんだけど急に「観なきゃ!」ってなったので観てみた。
どんな心境の変化なのか自分じゃよく判らないんだけど。

で、観終わった感想は率直にすごく面白く感じ、傑作だと思った。

この映画の舞台は1985年のアメリカ。
冷戦構造の中にはあるが、現在我々が生きている時間軸とは違い、スーパーヒーローたちが活躍しニクソンが3期目の当選を果たし、アメリカのために利用されることを許容したヒーローたちは生き残り、そうではないヒーローたちは一般の市民として、あるいは非合法な存在として生きているという世界。
その辺のバックグラウンドを説明する冒頭のシーンはそこに流れるボブ・ディランの「The Times They Are A-Changin’」ともマッチして本当に素晴らしい「これぞ映画だ」っていうシークエンスだと思った。このシーンだけでも観て良かったと思うくらいに。

そしてアメリカのために利用されることを選んだスーパーヒーローである「コメディアン」が何者かに殺されることで物語が始まる。
このコメディアンという人物がもの凄く面白い。ケネディを暗殺し、ベトコンを焼き払い、市民デモに暴力で対処し、好きな女をやっちまおうとする。そのくせどこか敬虔なクリスチャンな顔も持っていて、まさにアメリカの擬人化というか「アメリカの正義」を体現しているスーパーヒーロー。

コメディアンの死因を調べることから大きな陰謀の存在に気付くスーパーヒーローがその名も「ロールシャッハ」。
ロールシャッハはかつての仲間たちに陰謀の存在を知らせ注意を促すがまるで成果が上がらない、そんなかつてのスーパーヒーローたちが「ナイトオウルⅡ世」、「オジマンディアス」、「シルク・スペクターⅡ世」、「ドクター・マンハッタン」。
この中のドクター・マンハッタンは非常に特殊な能力を持っており、その結果核抑止力としても機能する存在で、コメディアンと同じくアメリカ政府に協力し、ベトナム戦争に投入され(このシーンで「ワルキューレの騎行」が流れたときはコテコテすぎて思わず吹き出した)たり、新エネルギー開発に従事しているが、人間を超越したような存在になっている。

で、そんなスーパーヒーローの面々が世界的な核戦争へと進みつつある世界を背景に、個人的な問題を抱えつつ、大きな陰謀に巻き込まれつつ、右往左往していく物語なんだけど、最初に死んじゃったコメディアンも含めてそれぞれのキャラクターの造形と関係性の作り方が巧い。
セオリーと言えばセオリーなんだけど、それぞれにストロングポイントとウィークポイントがあって、それが巧妙に噛み合ってるというか、それぞれの過去と現在とが折り重なって物語に陰影をつけていることがひとつのみどころ。
若干ネタバレになるけど、個人的にツボだったのがこの中の登場人物たちがセックスしようとするけど一般人としてではうまくいかず、スーパーヒーローになってからやっと結ばれるというシーン。一筋縄ではいかない彼等の心情というか立ち位置のようなものが描かれていてすごく良いなと思った。

その他のみどころとしては音楽の使い方。
冒頭のボブ・ディランもそうだけど、それ以外にレナード・コーエンの「Hallelujah」とかジミ・ヘンドリックスの「All Along the Watchtower」が流れるシーンはしびれたし、他にもナット・キング・コールとかジャニス・ジョプリンとかネーナとか個人的にグッとくる選曲が多かった。んでそんな音楽が流れる場面で効果的に使われるスロー・モーションの美しさも相まって印象に残るシーンが多かった。

ただ音楽にグッとくるのは「あの時代」を知っていればこそ、なのかもしれないけど。
サントラの曲名を見て、「お!」と思うかどうかは結構重要かもしれない。

さらに言うと「あの時代」のリアリティをどこまで感じられるかというのってこの映画を見る上で重要な要素かもしれないなと思った。

例えば、映画でも演劇でも良いんだけど、部屋の外から大きな爆発音がして「とうとう始まったか」ってセリフがあったとして、それを観た人はおそらく1980年代だと間違いなく核戦争を連想したと思うんだけど、これが2015年の現代だとテロか大規模な自然災害を連想すると思うんだよね。
それくらいあの当時は核戦争というものにヒリヒリとした感触を実感できる時代だったということ。
そういう肌で感じるリアリティを持っているかいないかってこの映画を面白く観ることが出来るかどうかのポイントなのかもしれないと、これは観終わった後にだけど、強く感じた。

ちなみに僕は1970年代前半生まれなので、ベトナム戦争とかヒッピームーブメントについては肌で感じるリアリティを持ってない。
だからワルキューレが流れてヘリが飛んでいるシーンを観れば、それは知識と教養の範囲で理解できるし、笑えるんだけど、あの時代の高揚感とか閉塞感は想像する以外にはない。
この映画とは関係ないんだけど、僕が「あさま山荘事件」についていろいろ理解したくて書籍なり映画なりを見てもいまいちどこかピンときてない感覚というのがあって、それと同じようなことをこの映画に対して感じてる若い人がいるかもしれないなって思う。
「あの時代」を共有した人間だからこそ、核戦争直前の空気感だったり、それを止めようとする必死さが、この映画で描かれている程度の説明で伝わったんじゃないかなという気がするんだけど、その辺どうなんだろうね?
ただ何度も言うように僕にとってはすごくリアリティを感じたし、あの緊迫感が通奏低音のように流れ続けていた時代に対する一種の郷愁も呼び起こされてすごく面白く感じたのは大きな事実。

ああそうだ、「あの時代」を生きて、そしてこの現代を生きている僕らとしては、冷戦は終結したことを知っているしノストラダムスの予言は外れたことを知っているし、東側諸国の崩壊を目撃してしまったわけで、だからこそこの映画で描かれる正義のひとつに対して批評的な目で見られると思うんだよね。
それこそがこの映画の最大のみどころでもあると思った。
なんつーか、それって「広島と長崎に原爆を落としたから戦争が早く終わった」と言ってはばからないアメリカの正義に対する憤懣というか、「そうかもしれないけど、そうでもないだろ」と冴えない文句の一つでも言いたくなることと同じような問題意識かなと思う。
若干ネタバレ気味だけど、そこをロールシャッハに切り込ませたことがエッジが効いててすごく良かった。

ついでにもう一つ、これは大きなネタバレになるかもしれないんだけど、この映画の唯一の不満点はオジマンディアスの俳優さん。
悪いわけじゃないしこれはこれでアリなんだろうけど、例えばこの役をトム・クルーズにさせたらもっと説得力が出たんじゃないかと思う。
良かれ悪しかれ好き嫌いはあれども「不可能な作戦」を何度も遂行し成功し世界を何度も救ったトム・クルーズがオジマンディアスをやれば、画面に映るだけで、彼がニッコリ笑うだけで「世の中的にお前が正しい気がする」感が出たんじゃないかと、それだけでこの映画のラストに向かう構図がバシッと決まったんじゃないかと思うんだよね。それがちょっとだけ残念。
ただ、トム・クルーズをオジマンディアスにしちゃうと他のスーパーヒーローたちももっとビッグネームにしないと釣り合いが取れなくなるので予算的に非常に厳しくなるから、やっぱりあの俳優さんで良かったのかなとも思うんだけど。
難しいところだなあ。

さてさて、思いつくままあれこれ書いてしまったのでとりとめのない長い文章になってしまった。

まだまだ書けることは多いけれどこれくらいで終わりにします。
最初に書いたように、要するに僕の中ではこの映画は傑作の部類に入ります。
何度も観たい映画のひとつになりました。

そのうち原作コミックも読みます!

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